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試練と制約

 広間がある。簡素だが、美を感じさせる石材が敷き詰められ、光沢を持って円形に広がっている。その中央には紋様が刻まれ、その内部にはびっしりと文字が刻まれていた。人には読めない字で、その一部にはこう意味する文字が刻まれている。
『招集』と。
 その広間を囲うように、椅子が等間隔で並べられ、その椅子に腰かける一人が、手を挙げた。
 紋様が彼の動作に反応し、起動する。
 発光を伴い、刻まれた文字がひとりでに動き回り、一つの術式を完成させる。そくざに役目を果たした紋様は一人の青年を広間の中心へと呼びだした。
「……招集に応じ参上致しました」
 青年は現れるなり、短くそう告げる。
「今回の招集に応じなければ、我々は君を処分しなければならなかったところだ」
 椅子に腰かける一人がそう告げた。彼は深くかぶったフードの隙間から青年を睨め付けたが、青年の顔を確認するとそれっきり何も言うことはなかった。
 青年は周りへと視線を送る。周囲を取り囲むように設置された無数の椅子。その全てに、ただならぬ雰囲気の者達が座っている。
 その中、フードなどで顔を隠す者が大半の中、青年の目の前で堂々と顔を晒す初老の男。この場で一番の権威を持つのが一目で分かる。その人物が口を開いた。
「感謝する。ここに呼ばれた理由は分かっておろうな?」
「どうだろうか。分かっているとは言えないと思うのだが」
 青年の物言いに、右に座る者が叫んだ。
「知れたことを! お主のような者の出現に我々が黙っている訳があるまい。お主は何にも目を向ける事をせず、自身の為だけにただ闇雲に力を磨いてきた。その力には志も、守るモノも、意思もない。そんな力の存在を我々は望まぬ!」
「止めぬか」
 右の者は権威者の一言で押し黙る。その者は、失礼したと一言吐き出し、いつの間にか上げていた腰を下ろした。
 それを確認すると、初老の男は青年に改めて説明を始めた。
「君は今まで途方もない努力を積み重ねてきた。しかし、それでも君の存在は危うい。世界を滅ぼす兵器がいつ割れるか分からない風船で遊覧しているようなものだ。君は、危うい存在になってしまった。その力自体に罪はない。しかし、力は扱い次第で善にも悪にもなりえるものだ、分かるだろう?」
「分からないな」
 即答。青年は無表情を目の前の男へと向けた。
「私はまだ、答えを得ていないのでね」
 ここまで、ただ答えを得る為に積み重ねてきたものを、今ここで失う訳にはいかない。ただそれだけの感情が、唯一の感情が圧倒的存在達を前に彼らの言葉を拒絶していた。
「困ったものだ。方向性を持たない強大な力程、世界を脅かす物はないんだ。君には芯がない。環境次第で大災害となるような者に、力を与えておく訳にはいかない。我々はこれでもこの世界の守護者という立場なのでね」
「知った事ではない。が、こうして呼んだのには何か条件があるのだろう? 聞かせてくれないか」
 その言葉に初老の男は初めて笑みを見せた。青年はどことなく恩師の懐かしい雰囲気を思い出しながら、次の言葉を待つ。
「君に契約と制約を持ち掛けたい。我々の為に働くのならば、君の答えとやらを探す手伝いにもなろう」

 かくして青年は制約を受け入れた。もとより、彼はこの事を予見していた。自分自身の方向性を見失った彼は、答えを得る手段を変える為、新しい場に身を置くと決めたのだった。

――第一制約 自分の為に力を使う事を禁ずる――

 制約の儀を終えた時、周囲を取り囲む全席に座っていた筈の者達はその数を減らしていた。残っているうちの中、右後方に座っていた老人が今度は口を開く。
「これからはゼロと名乗るといい。君に相応しい名だ」
 老人はそう告げて、再び陣を発動させた。
 光の渦に飲み込まれながら、ゼロは続く声を聴く。
「これから向かう世界は危機に瀕している。現地に既に存在している組織に味方し、世界を救う事に君の力を発揮してほしい。まずは転移先の町でアイアスという者へ会うといい」
「……承知した」